学長なんでもノート

3月11日

今から15年前

2011年3月11日 東日本大震災起こる

その日、京都も揺れた。会議をしていたらグラッときて、テレビをつけた。

目に飛び込んできたのは、岩手県大船渡市の津波だった。化け物のような巨大な波が街を押し流し、呑み込んでいる。現実とは到底思えないような光景だった。

お・お・ふ・な・と、という言葉の響きから、大学時代の同級生のことを思いだした。もう卒業して30年も経っていた。卒業前にいろいろあって、彼とは仲がいいというわけではなかった。愛媛にいた同級生に電話をしたら、「お前が自分で電話してみろよ」と番号を教えてくれた。思い切って電話してみた。金野の声だった。

「お〜、今村か」

2011年5月3日に、僕は大船渡を訪ねた。東北有数の港町、水産業の町だ。魚の腐臭のような匂い、ガソリンを撒き散らしたような匂い、焦げついたような匂い、そんなものが無い混ぜになって、異様な臭気に満ちていた。爆撃のあとのような廃墟の街を背景に、ふたりで写真を撮った。なんとなく照れくさい30年ぶりの再会だった。

その写真はどこにいったのやら、見当たらない。

今朝、知人がテレビ映像の記録を送ってくれた。その1年後、金野との再会が縁で生まれた大船渡市と立命館大学の連携を報道していた。金野は、当時、大船渡博物館の館長、僕は立命館大学総合企画部長として災害復興支援室を立ち上げていた。

14年前の二人。やはり照れくさそうだ。映像はこちら

東日本大震災から生まれた僕と東北とのつながりは、その後、岩手県から福島県、宮城県へと、広がりながら続いた。そして出会った人々との縁はいまも続いている。

2011年という年は、僕の人生史において、時代を画するような意味を持っている。社会や人を見る目が大きく変わったような気がする。優しさとか、強さとか、助け合うとか、逆境のなかで笑い合うとか、言葉としては自分の辞書にあったものに、筋肉と骨が付いた気がした。

もう一枚の写真を

2015年、今から11年前のものだ。

宮城県気仙沼に、立命館大学の学生たちとつくったツリーハウス完成のときの写真だ。震災の時は、このツリーハウスのてっぺんの高さまで津波に覆われた。

震災から4年。みんな笑っている。

このツリーハウスの裏に小さな神社があって、か細い山道の脇に石碑があって、過去の津波のことが記録されているのだ。

東北には「てんでんこ」という、昔から言い伝えられてきた言葉がある。

津波が起きたら、とにかく高いところにむかって、てんでバラバラでもいいから、自分の判断で逃げろという意味だ。この言葉が、2011年にもたくさんの子どもの命を救ったはずだ。

佐賀女子短期大学でもし、大きな地震や火災が発生したら、みんなはとにかく一目散に1号館前の駐車場に集合しましょう。てんでんこで!

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