
「ら・かんぱねら」という映画を観ました。実話を基にしたものです。佐賀県川副町の海苔漁師が主人公です。親の後を注いで三十数年、有明海で海苔を養殖して50代になる男。僕は、この映画ではじめて海苔づくりというものを知ることになりましたが、海、天候など自然相手のまことに過酷な仕事です。だからというのか、オフは、だらけてパチンコと酒に明け暮れる日々。そんな彼が、たまたまテレビで、フジコ・ヘミングというピアニストが弾く「ラ・カンパネラ」を聴いたことがきっかけとなり、「自分も弾いてみたい」と思うようになるのです。
本学にはピアノを弾く学生が多いので、フランツ・リストの「ラ・カンパネラ」を知っている人はいるだろうし、タイトルはピンとこなくてもきっとどっかで聴いたことのある有名な曲です。あまたピアノ曲の中で超絶技巧を要する最難度、プロですら後ずさりするような曲なのです。その曲を音符も読めない、ピアノに触れたこともない海苔漁師のおじさんが、弾くと言い出したものだから大変です。彼の奥さんはピアノの先生。だからなおさらその無謀さには呆れるほかはない。しかし、彼は家族、同僚の反対にも耳を貸さず、一心不乱、夢中に練習にとりくみます。
そんなとき、挫折が訪れます。海苔の不漁、行き詰る金策、父親の家庭内介護。そのすべてを妻に依存していたことを思い知らされ、がく然とした彼は一時、ピアノを断念しようとします。しかし、それまでの彼の並々ならぬ努力を見つめていた家族、同僚たちの励ましが、再び男を「ラ・カンパネラ」をマスターすべく、ピアノに向かわせます。そして胸が熱くなるラストシーンへ。
子どもは、物心ついてから、ずっと勉強です。学校を卒業しても、仕事を覚えること、生活の知識を得ること、これも勉強。
でも大人は勉強しているかな〜。実は、本当の勉強の楽しみ、深い学びは、大人になってからだと思うのです。でも、とかく、新しいことをやろうとすると、年甲斐もなくとか、いまさらそんなことやってなんになるとか、絶対できない、無理とか、決めつけるような言葉にさらされることがよくある。
この実話!50代の海苔漁師のチャレンジは、本当に素晴らしいなあ。チャレンジには、年齢も職業も資格も関係ないよ!とバンバン背中を叩かれた気がします。
そして、この話を映画化した佐賀県をはじめすべてのみなさん、制作も困難なチャレンジだったと思います。この映画を世に出してくれて、ありがとうございました。

ところで、もうひとつ紹介したい映画があります。「サンセット・サンライズ」です。宮藤官九郎脚本、菅田将暉主演ならば、もう面白いに決まっているのですが、やっぱりとっても素敵な映画でした。無類に釣り好きな東京のサラリーマンが、コロナ禍の東北の港町にお試し移住してみたら、そこから始まるびっくり人生というストーリーです。映画の舞台、その風景に見覚えがあるなと思って、あとで調べてみたら、宮城県気仙沼市、私が東日本大震災の復興支援で何度も訪れた場所でした。
どちらの映画も、地方、そして海街ですね。どうしたって、美しい自然、なんだか懐かしい街並み、美味しいものがあふれている。人に優しい、人に優しくなれる、それが地方だな、なんて思ってみたりします。
「ラ・カンパネラ」は、イタリア語で、「鐘」という意味なんです。この曲を聴いていると、さまざまな鐘の音が聞こえてきます。どことなく悲しげな音、キラキラと心をざわつかせる音、高揚させる音、ワクワクするような音。あなたの人生の道ゆきにも、よく耳をすますと、きっと鐘の音が響いているはずです。今回紹介した映画の主人公のように、あなたも未知の場所に誘われているのかも知れません。