学長なんでもノート

「わたしもナグネだから」(伊東順子 著)今村書店

 少し前のことになります。12月14日、佐賀女子短期大学・現代韓国文化研究センターによる「第4回楽しい韓国語 スピーチコンテスト」が行われました。福岡韓国教育院のキム・ギヨン院長に審査委員長を務めていただきました。ありがとうございました。

 今回の特徴は、応募資格をこれまでの中高校生限定から、全世代に広げたことです。おかげで、中学生から、高校、大学、大学院生、そして一般の社会人など、なんと最高齢76歳!実に幅広い多彩な応募者となりました。

 プログラムは、スキットといって、2人1組で指定台本に出演者による創作を加えて表現するもの、そして、ひとりで「自分と韓国」について自由に話すもの、どちらも制限時間は4分です。スキット部門は5組10名、スピーチ部門は12名の参加でした。外国語を暗記して人前で話す、表現するということがどれほどの重圧をともなうものであるか、それは言うまでもないことでしょう。僕も一番前に座って、審査をやりました。みなさんの懸命な姿、表情から緊張が伝わって来て、こっちまで胸がドキドキしたりしました。中でも、強く印象に残っているスピーチが2つありました。どちらもご高齢の男性の方です。

 Kさんは、佐賀の陶芸家で、唐津焼など焼き物のルーツが朝鮮半島であることから、韓国の窯跡や博物館を訪ね、現地での人との出会いを求めて、韓国語を勉強したのです。ところが2年前に、脳出血で倒れてしまいます。一時は焼き物の製作も、韓国訪問もあきらめていましたが、幸い病状は回復に向かいました。そして、再び、焼き物づくりと韓国語にとりくむことになったというスピーチでした。

 Hさんは、ご自分のお父様のお話でした。今から100年ほど前、当時は日本の植民地統治下の朝鮮北部、現在の北朝鮮に、お祖父様が家族で移住したお話でした。お父様は現地で生まれています。Hさんは、ご自身が聞かされた、お父様の幼少から青年期までの思い出話を語ってくれました。当時の光景が目に浮かぶようなエピソードの数々でした。そして、今の北朝鮮の人たちの幸福を願うという言葉で、スピーチを締めくくられました。

 当たり前ですが、どちらも韓国語なのです。すごいですよね。なんだか、ジンと来ました。

 そういえば、韓国語には、「ナグネ」、旅人という不思議な言葉があります。日常的にはあまり使われない。

 『わたしもナグネだから 韓国と世界のあいだで生きる人びと』(筑摩書房)は、ライター・翻訳家で、本学客員教授である伊東順子さんの新著です。この本の冒頭に、「この言葉には風景論的色合いがある。ナグネは目的地のある旅行者ではなく、旅を続ける人のことだ」とあります。もしかしたら、Kさんは、400年前、豊臣秀吉が引き起こした侵略戦争により、朝鮮半島から佐賀に連れられて来た陶工たちの足跡を、日韓を往還しながら、たどり続けている「ナグネ」なのかもしれない。Hさんも、100年前日本の植民地時代に北朝鮮に暮らした祖父、父の暮らしの記憶を、韓国語を通して、想像で旅している「ナグネ」なのかもしれない。

 この本に登場する「ナグネ」たちは、とてつもなく重い世界の歴史を背負った旅人です。歴史が生み出してきた戦争と暴力、権力による支配、民族の対立と差別、そんなものどもに、翻弄され、蹂躙されながら、それでも、時空を自由に旅している恐ろしくも驚嘆すべき「ナグネ」たちです。人間として、ここまでの人生があるのか、生き方があるのかと・・・僕はじんわりグッときましたよ。

 人間が生きるということは、自分の人生を旅するということなんだな。

佐賀女子短期大学学長 今村 正治

もちろんどなたに読んでもらっても、とってもありがたいのですが、やはりウチの学生に見てほしい、そんなつもりで毎週そのときどき思っていること、もやもやしたこと、すっきりしたこと、笑えることなど、あれこれ、学生に伝えたいことを中心に肩の力を抜いて書いていこうと思います。

ときには、この本おすすめですと学長書店になったり、この映画すごいよ!と学長シネマになったり、なんでも学びと考える僕の「学長なんでもノート」始めます。

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